飯塚周悦
姫路を訪れる人々は、世界文化遺産の城に賞賛の声をあげ、次いで旧陸軍兵器庫であったレンガ造りの市立美術館の落ち着いた美しさに心が休まるという。
飯塚周悦さんはその美術館運動の鬼といわれた人である。しかし今ではその足跡を知る人もいない。ただ一つ美術館が所有する資料として「姫路美術協会の歩み」がある。長く協会の会長であった飯塚さんが昭和51年に書かれた文書である。
昭和21年1月、大戦が熾烈を極めた日々に姫路美術協会を結成。敗戦直後に市展を亀山本徳寺で開催、多くの市民の共感を呼ぶ。
昭和22年より市展の会場は姫路城西の丸へ。
昭和26年、2万名の署名と共に美術館建設嘆願書を市当局に提出。
昭和32年、美術館建設期成同盟を結成。
昭和58年、姫路市立美術館設立。
飯塚さんは頑固一徹、紆余曲折の苦難の長い道の先頭に立ち、「鬼」と
市当局を辟易させたが、昭和53年美術館の設立を見ないで逝去された。
ここに展示された二枚の静寂の画面からその人柄を偲ぶしかない。
記 こちまさこ
|