黒川録朗賞 |
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石野氏は、かつて、紙に塗った絵の具を洗い流し、残った色や形を組み合わせる手法で、独自の抽象世界を構築し、作品を制作していた。1つのテーマで500枚もの作品をつくり、その中から納得のいく作品を選んでいたが、ある時、切り捨てていた部分に意味を見出し、作品を新しく変化させた。後に、グラッシーという古典的な油彩画の技法で和の風景を描き、見る者の心を揺さぶるような山水図を創出するようになる。
10年前に蛙と出会い、今ではカエルをテーマにした画を描き続けている。老若男女問わず、親しみやすい題材で、ユーモラスな印象のものから、見る者をにらみ返す緊張感のあるものまで。材料には、木炭・顔料・胡粉なども使い、日本画のような雰囲気も併せ持つ。画面いっぱいに描かれたカエルの中に山河があり、滝が流れ、月が巡り、循環する無限の宇宙が表現され、自然や地球からのメッセージが込められている。環境破壊に警鐘を鳴らし、時には震災の復興を祈り制作し、義援金の寄付や、チャリティーの展覧会への出品など、積極的に社会貢献活動にも参加している。また、各地で子供から大人までの講座を開き、暮らしの中での絵画の楽しみ方を教え、クラフトが育つよう「ひめじクラフト・アートフェア」などにも参加している。今後、ますます活躍が期待できる作家である。
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1960年(昭和35年)6月10日生 加西市中西町在住 |
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略歴 |
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1960年 |
兵庫県加西市に生まれる |
1983年 |
東京芸術大学油画科卒業後、同大学院壁画科に学ぶ |
1990年より |
個展を中心に発表を続ける |
1995年 |
「第五回ARTBOX大賞展」(入賞) |
1997年 |
「第16回伊豆美術祭絵画公募展」(優秀賞) |
1999年 |
「第1回トリエンナーレ豊橋」(大賞) |
2005年 |
「第22回天理ビエンナーレ」 |
2006年 |
「第1回ビエンナーレうしく」(佳作) |
2012年 |
「日本の絵画2012」永井画廊など入賞多数 |
近年は小さく身近な存在であるカエルをモチーフに絵画や版画のみならず、藍染作品にも展開し全国のクラフトフェアにも出展している。
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江戸時代元禄期から、本多家お抱え福王流ワキ方能楽師として代々続く江崎家の12世として生まれ、今年7月に文化庁より重要無形文化財総合指定の認定を受けた。
姫路や近隣都市での薪能を始め国内では東京国立能楽堂や全国の能舞台に出演、海外公演にも参加。伝統を守りつつ、能楽教室等で、子どもたちをはじめ多くの人々へ、高いと思われがちな能楽の敷居を低くし門戸を広げようと変意欲的に取り組んでいる。
少年の頃から小学校教師になりたく、江戸時代からの世襲制の家に産まれた跡継ぎである事に葛藤し足掻いたこともあったが、能楽教室で能を普及することで教壇に立ち、見事に昇華。数多くの能舞台に立ち、自ら能楽を追求し、幅広い世代への能楽の普及に努める。今夏はインターネットのテレビ電話で利尻の小学生に能の授業を行った。能の解説は今では、本分のワキ方の次に得意分野としている。
来年には、12世江崎欽次朗を襲名。さらなるご活躍が期待される。
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1973年(昭和48年)11月29日生 姫路市飯田在住 |
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略歴 |
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1973年 |
姫路市に生まれる |
1981年 |
姫路城薪能においてワキ方の秘曲「羅生門」の源頼光役にて初舞台を勤める |
1995年 |
龍谷大学在学中に大阪能楽養成会に入会し、本格的な修行を始める |
1999年 |
大阪能楽養成会 卒業 |
2001年 |
10世江崎金治郎13回忌追善会にてワキ方の最奥義「張良(ちょうりょう)」を披く |
2007年 |
「姫路こども能楽教室」を行い、次世代を担うこどもたちに能楽の普及に勤める |
2014年 |
文化庁より国の重要無形文化財総合指定保持者に認定される |
主な海外公演出演) |
2001年 |
スフィンクス薪能に出演 |
2002年 |
バルト三国(エストニア・ラトビア・リトアニア)能楽公演に出演 |
2009年 |
フィンランド・スウェーデン能楽公演に出演 |
2010年 |
スペイン・ポルトガル能楽公演に出演 |
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能楽師 ワキ方福王流 能楽協会神戸支部 常議員
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現在の宍粟市山崎で生まれ、陶芸家を志し大阪芸術大学工芸学科陶芸コースに進み、卒業後一時期は教師として高校に勤務。
退職後には「滋賀県陶芸の森」創作研修作家として本格的に創作活動に入った。伊丹市のクラフトパークにて後進の指導にあたり、「むべ陶房」を主宰し陶芸教室を姫路市で開く。
近年では姫路市での発表も増え、より一層身近な作家として、作家生活を送っている。創作される作品は器からオブジェまで幅広く、その作品は球体に近い形に、きめ細かな描画が特徴的で、彩色された色と形態が程よくマッチし、オブジェ作品はどこかプリミティブで女性の感性を感じさせ独自の世界を創りだしている。
また器でも両者共通した彼女自身の雰囲気をかもし出し、オブジェとの一体感があり、すばらしい器に仕上がり、色っぽさを感じさせる作品群はオリジナリティーあふれる魅力がいっぱいで、今後どのように展開するのか大変楽しみである。
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1962年(昭和37年)1月13日生 姫路市山野井町 むべ陶房
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略歴 |
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1962年 |
宍粟市山崎町に生まれる |
1983年 |
大阪芸術大学短期大学 デザイン美術科 卒業 |
1985年 |
阪芸術大学工芸学科 卒業 |
1993年 |
「滋賀県陶芸の森」・創作研修館研修作家 卒業。 |
1999年 |
「むべ陶房」(陶芸教室)主宰 |
個展 |
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1992年
~1996年
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画廊みやざき(大阪) |
1994年
~2013年 |
番画廊(大阪)隔年開催 |
1998年
~2013年 |
ギャラリーえびはら(姫路)3年ごとに開催 |
2019年
~2014年 |
The 14thmoon Gallery(大阪) |
2013年 |
Galerie Punto(加古川) その他個展多数 |
グループ展・公募展 |
1992年
2011年 |
国際陶磁器フェスティバル美濃 入選 |
1995年
1997年
1999年 |
長三賞展 入選
99年入賞 |
1995年 |
世界・焱の博覧会「ストリート・ファニチャー」展入賞。 |
2014年 |
秘仏×現代アート神積寺(福崎町)、「陶芸現象」展(茨木県立陶芸美術館) |
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その他グループ展・公募展入選多数
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姫路藩酒井家のお抱え甲冑師として活躍した伝統をもつ姫路明珍家の家系に次男として生まれ、父は現当主・明珍宗理氏である。幼いときから父の鍛冶場を手伝い、鉄と向き合ってきた宗裕氏は、大学卒業後、広島県庄原市の刀工・久保善博氏に入門し鍛冶として本格的に取り組み始めた。
平成17年に独立し、姫路市夢前町に自らの鍛刀場を開き独立。以後、数々の受賞を重ねてきている。とくに新作日本刀・刀職技術展覧会(日本刀文化振興協会主催)の第3回および第5回において二度の最高賞となる経済産業大臣賞に輝いており、国内でも極めて高い評価を得ている刀工の一人である。
美術刀剣に関する組織である姫路しらさぎ刀剣会会員であり、数多くの古刀を目にすることで自らの技術の研鑽に努めている。
また、地元での銘切り体験教室の開催や鍛刀場の公開など、美術工芸品としての日本刀技術の保存・啓蒙にも尽力している。
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1943年(昭和18年)6月1日生 姫路市網干区坂出在住 |
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略歴 |
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1943年 |
長野県中野市に生まれる |
1962年 |
東京都葛飾区医師会付属準看護婦学校 卒業 |
1964年 |
愛知県立高等看護学校 卒業 |
1970年 |
毎日新聞・女の道欄に「悲し、看取りの道」掲載(香川県高松市) |
1982年 |
マリア病院勤務 |
1988年 |
朝日新聞・ひととき欄「冥土の土産に瀬戸大橋見物」掲載 |
1990年~
1995年 |
姫路定住促進センターでベトナム戦犠牲者の健康管理
ドキュメンター「運命の子」
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1990年~
1999年 |
カトリック雑誌「聖火」にナースエッセイ連載 |
2003年 |
朝日新聞・ひととき欄に「新しい友だち」掲載 |
2008年 |
朝日新聞・ひととき欄に「新しい友だち」掲載 |
2010年 |
朝日新聞・ひととき欄に「100歳超えても感性キラリ」掲載 |
2012年 |
カトリック月刊誌「聖母の騎士」誌に巡礼記「元和の殉教者、副者・リシャール神父のふるさとを訪ねて」掲載 |
2015年 |
姫路文学129号に「リビング・ウィル(上)」出稿 |
※50歳より現在まで、西播地区市町で「老人介護問題」「生まれ出るいのちの不思議さと・生と死の意味について」講演活動 |
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